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「……ふむ」
星矢の言葉を頬杖をついて聞いていたシオンは、そう小さく呟いたきり何も言わなかった。 アイオロスが物言いたげにシオンに視線をやったが、シオンはまるで口に含んだ名酒を吟味しているかのように、うんともすんとも言わずに、ただ、何かを考えている。 教皇のこの沈黙が、星矢にはとてつもなく、重かった。 怖いのではない。 重いのである。 『……ダメなのかな……』 あまりにも長い沈黙に、星矢が諦めかけていると。 「左様か」 よく響くシオンの声。 はっと、顔を上げる星矢。 瞳に映るシオンは、相変わらずの厳しい表情である。 やっぱりダメか……と、らしくなく挫けそうになったその時。 「そうだな。このシオンの元へ参じた勇気を酌み、昨年の咎は水に流そう」 重々しい口調でそう告げられ、やったと喜色を浮かびかける星矢だったが。 「だが、ハロウィン禁止は取り消せぬ。一度公にしたものを取り消すなど、余程のことがあらぬ限りあってはならぬ。故に、ハロウィン禁止は現行通りとする 教皇の顔をしたシオンにそう告げられては、星矢に反論する術はない。 「そっか……貴鬼……可哀想だけどな……」 哀しそうに寂しそうに呟く星矢。悪いのは、昨年大ポカをやった自分なのだ。シオンではない。 だから、シオンを恨むのはお門違いだ。 そんな事、わかっている。 けれども、シオンを頑固者と罵りたくなるのは、何故だろう。悪いのは、自分なのに。 と、その時。シオンの顔つきが変わった。 白羊宮で見る、いつもの顔。 「まぁ、聖域内でハロウィン行事を大々的に行う事は許さぬが、それに因んだ菓子を食したり拵えたりするのは、個人の判断と申しておこうか」 「え?」 シオンの発言の意味がよく解らないといわんばかりの星矢。 目を瞬かせながら、教皇の若々しい容貌を眺めていたが。 「つまり教皇は、聖域内で菓子をくれと廻ったり、仮装したりする事は禁止するが、自宅でそれぞれハロウィンを楽しんでいても、見て見ぬフリをしてやるとおっしゃっているんだ」 アイオロスの通訳を聞き、瞬いていた星矢の目が見開かれる。 「シオン!?」 「ムウがお前をここに連れて来たのは、恐らく私の口からこの言葉を引き出したかったからだろうて。なぁ、ムウよ」 部屋の外に語りかけると、それはそれは素晴らしい笑顔のムウが、緞帳をまくり上げて執務室に入室してくる。 「何をおっしゃいます事やら、シオン様」 シオンは苦笑いしながら、 「お前の魂胆が読めぬ私だと思うか?まったく、お前はそれほどまでにハロウィンの菓子を食したかったか」 「ジャック・オ・ランタンの飾り付けのケーキやパンプキンプリンは、この時期でないと食べられませんし、作れませんからねぇ」 しらばっくれて、飄々と答える牡羊座の黄金聖闘士。今度こそ、いつものムウである。 アイオロスは呆れたように、 「お前はたったそれだけのために、星矢を日本から連れて来たのか?」 「いいえ?星矢がシオン様に謝りたいと言っていたので、善は急げと連れて来ただけですよ」 ムウとしてはハロウィン禁止の解除も狙っていたのだが、師はそこまで甘くはなかったようだ。 しかし、菓子の件だけは許してくれたので、それでよしと思う事にしよう。 「……なぁ、ムウ。今回やけにせっかちだったのは、それが理由だったのか?」 陰鬱な表情の星矢に、ムウは『いつもの』笑みを見せ、答えた。 「いいえ?貴方がシオン様に謝りたいとおっしゃったからですよ?」 星矢はそれ以上、追求するのを止めた。 かくして2010年の聖域はハロウィンが禁止される事となったが、白羊宮には例年通りカボチャのお菓子が並んだのであった。 星矢はハロウィン当日、白羊宮からお裾分けされたカボチャプリンを口に運びながら、思った。 「もしあのとき、シオンに謝るって言い出さなかったら、ムウはどうするつもりだったんだろうな?」 「多分、何としてでも、君にシオンに謝りに行くように仕向けたと思うよ」 とは、パンプキンムースを味わっている瞬の弁である。 (了) ------------------------------------------ 2010年ハロウィン時期に用意していたネタ。ただ、諸般の事情で作業が滞っちゃって、年末頃公開したという。 季節ものは時期を外すと、滑稽だよねぇ。
by hypermind
| 2016-10-18 23:53
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